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2002 6
マンスリーレポート
結核診断・治療が公衆衛生の生命線

結核診断・治療が公衆衛生の生命線

  開院以来5年以上が過ぎ、ワールドメイト・ビルディングは、カンボジア随一の貧困者救済無料病院として、生命救済の使命を果たしてきました。厚生省は、シアヌーク病院を、直接監視治療短期プログラム(DOTS)により患者を診断治療できる、第一の私的/NGO国立結核管理機関として認定しました。DOTSプログラムは、国家がイニシャテイブをとって運営し、カンボジアにおける結核の罹病率、死亡率及び感染を抑制るために活動しています。

 世界保健機構(WHO)によれば、カンボジアは世界最大の結核感染国の一つです。確認されただけで約2万人、あるいは10万人に540人の割合で患者がいるとされています。検査機関へのアクセスが欠如しているため、発見されているのは54%のみと査定されています。
 毎月数千人にのぼる外来患者のうち、60%は地方から訪れた人々ですが、そのうちの8%は結核に感染しています。以前は、これらの患者には他病院を紹介しなければなりませんでした。しかし、2年間にわたる追跡調査の結果、紹介した患者のうち指示された治療を受けているのは44%にすぎないことが判明しました。

 このたび当病院内に結核クリニックがオープンしたことにより、結核をその場で診断治療できるようになりました。当病院のDOTSプログラムによって、貧困患者に対して提供している医療範囲が更に拡大され、またカンボジア人スタッフに新しい研修の機会を与えることにもなりました。木村京子医師の尽力により設立されたこれらのプログラムは、現在リン医師を助手としたソフィーク医師のリーダーシップで実践されています。


最先端HIV治療を世界に発表

 ネイビー医師は、『HIV/AIDSと生きる人々の治療モデル』(副題:カンボジア・プノンペンにおける病院からボランティア、家庭介護チーム及び支援グループへのPLWHAに対する教育・治療統合プログラムの開発)に関する論文を発表しました。アジア太平洋第6回国際エイズ会議において発表されたこの論文は、HIV/AIDS部副部長としての彼女の実績に基づいたものでした。この研究発表には、プレム・プレイ・スオス医師と地域活動ボランティアのコーディネータであるチャベリット・ヴァトダーナさんの支援を受けています。過去5年間、80人以上のボランティアが最貧地区及び、市内の低資源病院の約36000人の患者を訪問しています。
 プレム・プレイ医師とルット・リネン医師は、当病院の支援グループ及び家庭介護患者に対する抗レトロバイラルセラピーの使用についてのポスターを発表しました。両医師のメッセージの結論は、1.悪摂生である場合、2.支援(介護)者が貧困である場合、3.治療の中断(多くは経済的困窮により)が起こり得る場合…には、このセラピーは不適切である、というものです。当病院の統合HIV/AIDSプログラムは、貴重な資源を最も効率よく選択的に使用可能としています。


アントワープ熱帯医学研究所が研究資金を援助

 1999年から当病院に勤務されているベルギー人内科医であるルット・リネン医師は、彼女がカンボジアに来る前の勤務先でもある、アントワープ熱帯医学研究所との共同研究についての検討を始めました。彼女が前の同僚を訪問した際、当病院での業務に関する発表をしたことが、研究所所長を触発したのでした。所長は、貧資源環境下においてHIV/AIDSと共に生きる患者のための臨床治療に焦点を当てたHIV/AIDS研究プロジェクトに資金援助したいと提案されたのです。このプロジェクトは、熱帯医学研究所とベルギー国際協力事務局との間で結ばれたより大きな骨組みでの合意計画の一要素として受け入れられることになったのです。

 2001年1月以来、このプロジェクトは、当病院のHIV患者の検査費用、ルット医師の給料、HIV部の2人の主任内科医2人や運営支援スタッフの給料、医療研修経費をまかなっています。初年度の予算$100,000は、2年目には倍増される予定になっています。
 これは、双方が利益を享受できる研究財政支援の例です。この学問研究所は、貧資源環境に関する研究を推進することを喜びとしています。発展途上国におけるパートナーである我々は、既存プログラム運営のための、追加財政支援を受けられることになり、深く感謝しています。


さようなら 木村京子医師

 今月は、東京からお越し下さっていた、木村京子医師にお別れを申し上げなければなりません。彼女は公衆衛生学の修士号取得のために、日本へ帰国の途につかれます。
 木村医師は、2000年4月に当病院に加わり、内科病棟と救急治療室の監督としての役割を果たされてきました。一九九五年に筑波大学医学学群を卒業される前から、発展途上国で働きたいという希望を抱いていたそうです。東京の都立墨東総合病院での二年間のインターンと三年間の常勤内科医としての経験により、感染病医学の基礎を学ばれました。これは、特に当病院の結核治療の分野においてすばらしく有益なものでした。

 最近では、彼女は当病院での新しい結核クリニック開設のプロジェクトの中心的な存在となっていました。このクリニックは、国立結核プログラム機関に認定を受けており、カンボジアの厚生省及び結核・らい病管理機関と緊密な連携をとってゆくことになっています。
 「このシアヌーク病院の偉大な業務の一部を担うことができ、病院とスタッフのみなさまの成長を目の当たりにできたことが幸せです。みなさんの旺盛な向学心にはとても刺激を受けました。私自身、人間的にも職業的にももっと成熟しなければと思ってきました。私の夢は、公衆衛生に関してもっと深く学び、お手伝いを継続してゆくことです。」
 木村医師は、遠隔の日本からですが、結核クリニックの業務を引き続き担われてゆきます。私たちは、彼女が定期的にカンボジアに戻り、当病院のクリニックや他の公衆衛生プロジェクトに助言してくださることを期待すると共に、ご自身の生涯を医療の発展のために捧げたいというお言葉に勇気づけられています。

患者の物語
「心臓周囲に滞溜した膿液除去により、重体から生還!」 ロス・ロットさん
 2週間にわたる高熱、胸痛、呼吸困難を患って、23歳のロットさんは重体で搬送されてきました。それまで、彼は地元で結核の治療を受けていましたが、症状は悪化するばかりだったそうです。

 激しい呼吸困難と発汗があり、呼吸が異常に速くなっています。胸部超音波診断の結果、心臓周辺に多量の液体が充満しており、これが心臓を圧迫し、血液の推進効率を低下させていたのです。排液処置により、1リットル半の、にごった黄色の液体が出てきました。その後、数日でさらに1.5リットルの液体が排出された結果、治療の効果があがりはじめ、1週間後に退院することができました。今後、8ヵ月間の通院を続けることになります。彼のお姉さんは、次のように喜びを表していました。

 「私たちは12人兄弟(男10人、女2人)で、母は高齢の未亡人です。家は大変貧しく、ずっと誰に助けを求めたらいいのかもわからない状態でした。お隣の人がこの病院のことを教えてくれて、弟が治療を受けさせていただき、新しい生活を始めることが可能になりました。家族全員、本当に喜んでいます。全身全霊で弟の治療に力を尽くし、励ましてくださった、ここの全てのスタッフの皆様、本当にありがとうございました。スタッフの方々は、無料の治療を求めて訪れた患者たちに、一言の不満も漏らさずに献身されていました。この病院がなければ、弟は死んでいたに違いありません」


「バクテリアと寄生虫で重症の腎不全に」 リアン・タイン・シアンさん
 シアンさんは約1年前から顔面と両足が腫れ上がる症状が何度もおきて、通学不能になっていました。そのつど、民間療法を受けるか、非処方の薬を薬局で求めてしのいでいたそうです。
 しかし、2ヵ月後にはこうした療法に浮腫が反応しなくなり、地元の治療施設に長期入院することになりました。退院後、また腫れが再発したのでしたが、今度は、腹部の弛緩と下痢も併発、おなかと両足が激しく膨張し、上皮組織の亀裂から体液が染み出してくるほどでした。
 シアヌーク病院での診断の結果、彼は慢性腎肥大を患っており、これが蛋白の欠乏を招いて浮腫が起きていたのです。利尿剤を点滴し、症状の原因であるバクテリアや寄生虫を殺す、一連の抗生物質が投与されました。2週間後、彼は無事に退院でき、フォローアップの検査予定が立てられました。

 母親のリアムさんは、
「この病院に来たとき重体だった息子が、わずか2週間ですっかりよくなりました。彼の父は数ヵ月前に亡くなりました。みなさんとても親切に息子を助けてくださいました。私は母として息子を愛していますが、この病院のスタッフは、他の患者さんたちにも全力で救済にあたっておられ、私以上に息子を愛してくれたと思います。カンボジア人医師と外国人医師の方々が協力してこの国の人々を救ってくれている情景を、初めて目のあたりにしました。」

 シアンさんの担当医であるブン内科医は、
 「シアンさんは入院の3日前に診察していたのですが、その時は満室だったので、ベッドに空きがでるまで点滴のために通院していただきました。ここには、カンボジアの全土から患者が訪れています。海外からいただいているご支援に深くお礼申し上げます。カンボジアにおける医療需要は膨大であるにもかかわらず、資源は極めて厳しく限られています。ここの内科病棟ベッド数はわずか12で、空きベッドは1日に1、2台しかありません。そのため、最重症の患者しか入院させられないという状況ですが、こうして人々に医療を提供できることに、心から感謝しています」

スタッフの横顔
コイ・ソ・モンサさん
 救急治療室付看護士のモンサさんは、過去3年半にわたって、自らの任務に強い情熱とプロ意識で取り組んでくれました。これにより、彼は同僚の中でもリーダーとして認められ、優れたチームワークと責任感を育ててくれたのです。向学心も旺盛で、リーダーとしての力量も成長を続けています。

 最近、モンサさんは、カンボジアにおけるパイロット・テレメデイシンプレプロジェクトに、シアヌーク病院代表として参加されました。僻地の村に住む患者さんを専門的に診察し、その結果をインターネットでシアヌーク病院、および米ボストンのマサチューセッツ総合病院に報告するというものです。彼は、極めて複雑な条件下での難度の高い任務を見事にこなし、その信頼性と優れた知識を称えられました。
 救急治療部におけるリーダーシップが評価されたモンサさんは、今月の最優秀スタッフとして選定されました。今後、彼はシアヌーク病院看護チームの幹部的存在となります。

ソアーズ・プレム・プレイ医師
 プレム・プレイ医師は、昨年7月に内科部からHIV部に異動になりました。彼は、率先垂範の姿勢と、新しい任務へのすぐれた適応力で、注目を集めています。わずか8ヵ月の間に、HIVの専門内科医および地域監視員として著しい進歩を見せ、開発途上地区のコミュニテイ活動に貢献しています。地方への往診制度の改善にたゆまぬ努力をかさね、特に当病院のHIV支援グループおよび家庭介護チームになくてはならない存在です。この両チームは、彼のリーダーシップのもとで大きく成長を遂げました。
 彼は、これらの支援グループの中で患者に対するだけでなく、自らの時間を割いて彼らの自宅や病院を訪問し、HIV/AIDSの患者に勇気と希望を与えてくれています。彼のずばぬけたエネルギー、そして喜びと感謝をもって仕事に取り組む態度は、病院の全チームの模範として高く評価されています。
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