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2000 12
マンスリーレポート
シアヌーク病院 各部門の向上と発展

着実な成長

 シアヌーク病院の多くの部門が、向上と発展をつづけています。このことは、今月達成した、いくつもの実績に証明されています。注目すべき変化としては、次のものが挙げられます。

7人のカンボジア人スタッフが上級インターンに昇進
4台の医療ベッドを追加設置
4台の外科ベッドを追加設置
X線診断サービス開始
アジアからの医薬品供給源を改善

 貧しい患者のために、24時間体制で高質の無料医療を提供しているシアヌーク病院。上記のような発展も、そうした患者治療のかたわら、教育や専門的研修にも尽くしている我々の地方および外国人スタッフの貢献があって、可能となったものです。支援者や寄付をしてくださった方々の真心のおかげで、プノンペンほか各地から訪れる患者に施す医療の向上を図りつつ、こうしたサービスも可能となってきました。

 現在、総勢97名のカンボジア人スタッフを擁しており、うちわけは内科医22人、外科医2人、看護婦54人、X線技師3人、消毒スタッフ1人、薬局スタッフ6人。その全員が知識と責任感に著しい進歩を遂げています。こうした能力の向上にともなって、より多くのはるかに複雑な症状の患者に対する対応が可能になっています。


カンボジア人医師7名がリーダーに昇進

 医療専門家にさらに進んだ教育を提供するという当病院の使命のもと、専門的能力の向上と技術の進歩を評価された7名のカンボジア人医師が、上級インターンへの昇進辞令を受けました。
 アンパー、ブンセ、キム・メン、クルイ、ガク、ソピーク、ソファルの各医師です。今後は患者管理や同僚の教育に、より大きな任務を負うことになります。
 このことは、将来におけるカンボジア人によるリーダーシップの実現に向けて、記念すべき道標となることでしょう。


リハビリテーション・義足製作会社と提携して、出張外科診療

 プレア・ヴェヘア県は、カンボジア北部のタイ・ラオス国境の近くに位置しています。こうした辺境地区に住む貧困者が直面する医療の劣悪さは甚だしく、有効な外科治療とは無縁ということもしばしばです。

 『ベテランズ・インターナショナル』(VI)は、シルク製品、染色、撚糸、織繊などを中心とした優れた職業訓練リハビリテーションユニットをその県都に設立しています。
 プノンペンまで多数の患者を搬送するには、高額の費用がかかります。そのためVIスタッフは、当病院外科部長のグラハム・ガムリー氏がプレア・ヴェヘア県に出張診療に訪れるよう、手配をしました。

 本国で唯一の軽飛行機は遠隔地区に飛び、ジャングルの中に切り開かれた汚い滑走路に着陸しました。患者たちはシルク工場に集結し、木陰で戸外診療が行われました。
 診療を受けた患者のうち、8人はシアヌーク病院のベッドが空き次第、手術が必要な状態でした。このような協力ベンチャーは、コストを最小限に抑制する有効な手段であり、我々の患者治療努力の効果を、何倍にも増大させるものであるといえましょう。


HIV部設立!『AIDS感染対策には集中的努力が必須』

 アジアにおけるHIV感染の最速国という汚名を蒙っている、カンボジア。こうした事態を重視した当病院は、この業病の予防、患者治療およびスタッフ教育に集中するための専門部門を設立しました。

 HIV部長としてギリアン・ホール医師の監督の下、ソク・ファン医師がカンボジア人内科医を引率し、HIV支援グループの創設に尽力し、また世界銀行から財政支援を受けたボランティア教育プログラムを開発したガク医師、ネイビー医師の協力を得ることになります。さらに、HIVカウンセラーのソチェアさん、ボランテイア・コーデイネーターとしてチャベリスさん、そして看護婦のロサさん、ソチェットさん、ラッシさん、ソテアさん、ファリーさんが加わります。彼らの任務としては、予防、教育、検査・カウンセリング・患者介護・運営管理および治療に関する他スタッフの研修、などが予定されています。臨床的症状を呈示している患者たちに月間90件のHIVテストが実施されているなかで、70%が陽性という現状です。当病院はHIVカウンセリングの分野でリーダー的存在との認識を受けており、政府機関や他の非政府組織と協力して、提携サービスや治療を進めてゆくことになります。

患者の物語
セン・ソファールさん
 18歳のセン・ソファールさんは、高熱、悪寒、むかつき、嘔吐などの症状を呈して運ばれてきました。

  彼は自宅でIV液の投与を受けていましたが、症状が悪化、地元病院へ搬送されたとのことでした。そこでマラリア治療のためのIVキニンを投与されましたが、その後二日間にわたってさらに症状は進行していったといいます。家族が連れてきた救急治療室での検査結果では、稀な肺炎が現れています。投薬を変更し、抗生物質での肺炎治療を実施しました。二日後に血液からマラリア菌は消滅しましたが、咳、熱、呼吸困難はかえってひどくなっていました。
  内科スタッフがこの抗生物質治療をチェックして大幅な変更を加えたところ、症状がいちじるしく改善し、24時間以内に体温も正常にもどり、その後は急速に回復を遂げました。その後、わずか3日で退院、帰宅できたのです。

 ソファルさんは、他の多くの患者と同じく、複数の病気にかかっていました。彼の症例は、カンボジア人医師たちが訓練を受けている、徹底的な病歴の採取と身体検査の重要性を物語っています。高熱に対する、可能性あるあらゆる原因をさぐることによって、治療を始める前に十分な考慮をつくした決断をとることができたのです。シアヌーク病院では、利用できる医薬品の種類が幅広いので、もしひとつの治療法が有効でないと判明しても、的確な効果が現れるまで他の治療法を体系的に試行することを、内科医に教育してきています。
 この18歳の少年は死亡していた可能性も高かったのですが、こうした優れた研修の成果が、彼に命を与えることができたのです。


リム・ヘンさん
 リム・ヘンさんは32歳で、この1ヵ月間、呼吸困難、高熱、咳、体重減少がどんどん進んでいきました。個人医院での検査の結果はHIV陽性でしたが、そこでの治療は効かなかったようです。モニターを見ると十分な酸素を摂取できておらず、重態に陥っていることが明らかでした。胸部X線撮像では、右肺周辺に感染と大量の液が滞留していることが示されています。感染状態のX線像への現れ方が異常であったため、病因を断定はできませんでしたが、結核、細菌性肺炎、あるいはHIV感染患者における便乗寄生虫による肺炎などが疑われました。担当医療チームは、症状の重篤さから、彼の命はもう長くないのでは…。と感じざるをえなかったといいます。

 ソフィーク医師は、当病院の最も経験豊富なカンボジア人内科医の一人です。リムさんの病状の重さをみてとった彼女は、感染を引き起こしたと見られる複合組織体を特定し、その可能性に対応すべく、多数の投薬を開始しました。二日後、ヘンさんは劇的な回復を見せはじめ、五日後には退院、帰宅できたのです。これほどの早期回復ができたところから、最終的な診断として、細菌性肺炎の可能性が強いとされました。臨床研修とリーダーシップを見事に応用したソフィーク医師の機転により、ヘンさんの命が救われたのです。

 この患者の症例で苦労したのは、自分がHIV陽性であることを妊娠中の妻に告げたくないと、患者が拒否したことでした。もし奥さんも陽性であることが判明した場合には、AZTによりHIVが赤ちゃんに伝染するのを阻止できます。ソク・ファン医師とHIVカウンセラーのソチェアさんとのチームワークにより、話し合いやカウンセリングを重ねた結果、ヘンさんは妻に病気を告げることを決意したのでした。
 HIVは肉体的な病気を複雑化させるだけでなく、社会的、家族的にも多大な困難を患者に課すことになります。当病院の専任HIVチームが、こうした問題の解決に寄与していきたいと思っています。


リース・ロタ君
 リース・ロタくんは11歳で、自転車から落ちて腕を怪我しました。最初、伝統的治療家に手当てを受けましたが、痛みとひじの腫れは止まらず、その2週間後に当病院を訪れたのです。X線診断の結果、骨折しており、しかも折れた骨片の位置がひどくずれてしまっています。折れた骨を接合し、ピンで留める手術が成功しました。今ではピンも外され、運動もできるようになりました。まもなく、もとの生活に戻れることでしょう。

 父親のダラリスさんは
 「妻と私は多くの医師を訪ね、伝統的なクメールヒーラーにも治療を受けましたが、よくなりませんでした。術後5日で、こんなに回復できて、幸せを感じています。無料でこのような優れた治療を受けられて、心から感謝しています。本当にありがとうございました」
スタッフの横顔
ショー・クリシュナさん
 1997年2月に採用されたクリシュナさんは、検査室の最初の技師でした。彼の人格と成熟性は、現在の9人から成る検査チームの人的資産を築くための礎として、大きく貢献しています。標本処理部門の監督者として、クリシュナさんは毎日約100個におよぶ外来患者の検査のための標本収集・管理を担当。また、標本を二つの外部検査室へ分配したり、輸血のためのドナーや血液ユニットを搬送したり送達する任務も果たしています。

 クリシュナさんは、他人のために奉仕するという心を忘れたことがありません。病院の開院以前は、家族を養うためにいくつもの仕事を経験し、ポルポト後の時代には、地元の県で家族や友人を護るための警官を務めていました。この時期、彼はマラリアで重態に陥り、生命の危機に瀕したこともあったといいます。

 他人に尽くすという彼の精神は、毎日、彼が検査を行うために検査室に入るとき、休憩のとき、そして緊急事態のときに目の当たりにできます。自らの能力を患者、医師、そして同僚たちのためにすべて捧げるという彼の謙虚な姿勢は、高く評価、賞讃されています。臨床検査における強固な基礎とチームワークを築くために、彼が果たしてくれたすべての功績に、心から感謝いたします。

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